北海道炭鉱強制徴用者証言集(3)

 前回、北海道歌志内市にあった炭鉱で働いていた尹秉烈(茂松秉烈)さんについて書きました。その歌志内の隣町の上砂川にも炭鉱があり朝鮮人労働者がいました。上砂川の町を紹介しているサイトに、そのことが書かれていて、その一部は上砂川町史に書かれている内容です。



三井炭山のおける朝鮮人労務者

 入山した3,109名の朝鮮人労務者は、三井砂川関係の寮だけでも9寮を数え、職種は 坑内夫、抗外夫それぞれ6・4の割合で稼働し、坑内では全坑内員の3割強を占めた ほどである。

 やがて故郷から家族を呼んで社宅住まいに移った者、独身者で上砂川の乙女と結ばれ て社宅に新居を構えた者など、山元との同化が進み、一般に”半島さん”(朝鮮半島の 人の意)と呼ばれて、上砂川の人たちとの親しみを深めていった。

 昭和15年ころから、単身で来山していた朝鮮人労務者のところへ、故郷から家族 たちがやってきた。遠路はるばるなので、その出迎え風景は感激的であった。 労務者たちは砂川まで出迎え、お互いに元気な姿を見て肩を擁して嬉し涙にくれ…. 家族を迎てからの労務者は、一戸を構えると同時に、出炭作業にも異常なまでに 励んだのである。<上砂川町史より>

 当時は、朝鮮人も日本人であり、同胞であったから、昭和16年以降は、生活も ほとんど在来日本人同様になり、種々の風習や炭山の習俗にもなじみ、三井砂川の 住民になりきり、次のようなエピソードを残している。

 当初は、家族たちは、何分にも言語、人情、風俗などすべて異なる異郷にきたので あるから、何彼につけて不自由が伴った。しかし近隣の人たちは、自発的に金を出し 合い、入山記念品として炊事道具を贈ったりして励ました。また、同郷の人たちは、 「家族を持って若し出勤時間に遅れたりしては、産業報国の趣旨にもとり、内地同胞 に対しても申し訳ない」と、目覚し時計を各戸に一個ずつ贈るなど…. <上砂川町史より>

 盆踊りなど純日本的な風習にも、初めはにぎやかさに誘われて見物していた朝鮮人も、 いつか赤と黄の襷を持ち出して、踊りの輪に加わるようになり、また共愛会の運動会 には、各種目に朝鮮人労務者が出場して数多く入賞し、特に朝鮮人労務者が熱狂した のは、朝鮮人寮対抗リレーで、大会の花形とまでいわれたものであった。 昭和16年9月には、これら朝鮮人労務者とその家族を慰安するために、朝鮮楽劇団を 呼んで、娯楽館で演芸大会を催したが、歌曲、舞踊、寸劇などに熱狂的な拍手が 渦巻いた….

 やがて、三井砂川に稼働する朝鮮人労務者は、それぞれ2年間の契約期間が満了と なり、帰郷することになったが、100名以上の労務者が非常時下の石炭産業にと 契約を更新するとともに、「半島産業挺身隊」を結成して増産に励み、所内表彰を 受けたりした。

 東町親和寮に住む朝鮮人労務者たちは、報酬の中から郷里の小学校新築について 寄付募集を申し合わせるなど、郷里の母校を想う同窓愛は、われわれと何ら変る ものがなく….<上砂川町史より>

 こんなに素直でやさしく、なじみ深かった朝鮮人労務者も、終戦後の動転(日本の 敗戦と朝鮮の独立など)を期に、ほとんどが三井砂川から引き揚ていったが、戦後、 各地で朝鮮人騒乱がみられた中で、三井砂川に朝鮮人騒動がなかった(中国人との 抗争はあったが)のは、戦時中の鉱業所の対応措置が適切であったこともさること ながら、炭山のひとたち(近隣、同僚など)が人種の垣根を越えて、真に同胞として 善隣友愛を貫いた真情によるところも、また大であった。


かみすながわ 北海道上砂川町の紹介サイトより



「昭和15年ころ」とありますから、「いわゆる自由募集」で日本にやってきた人たちです。ここで「いわゆる」と書いたのは「制度としての自由募集」という意味からです。

「北海道炭鉱強制徴用者証言集」でも書きましたが、1939年(昭和14年)7月「国民徴用令」が発令されましたが朝鮮半島では企業の「自由募集」という形式で労働者を集める方式でした。

画像


しかしそれ以前から日本には多くの朝鮮人が来ていました。昭和9年(1934年)にはその移住を抑制しようと「朝鮮人移住対策ノ件」ということが閣議決定されているほどです。



「朝鮮人移住対策ノ件」

 朝鮮南部地方は人口稠密にして生活窮迫せる者多数存し、之が為、南鮮地方民の内地に渡航する者最近極めて多数に上り、啻さへ甚しき内地人の失業及就職難を一層深刻ならしむるのみならず、従来より内地に在住せる朝鮮人の失業をも益々甚しからしめつつあり

 又、之に伴い朝鮮人関係の各種犯罪、借家紛議、其の他各般の問題を惹起し、内鮮人間に事端を繁からしめ、内鮮融和を阻害するのみならず治安上にも憂慮すべき事態を生じつつあり。

之に対しては、朝鮮及内地を通じ適切なる対策を講ずるの要あり。

即ち、朝鮮人を鮮内に安住せしむると共に、人口稠密なる地方の人民を満洲に移住せしめ、且内地渡航を一層減少すること緊要なり。

而して是等方策は、内地朝鮮全般の利益の為、一体として之を実施すること必要にして、財政の許す範囲に於て左記要目に掲ぐる事項を実施すべきものとす。

■ 朝鮮人移住対策要目
一、朝鮮内に於て朝鮮人を安住せしむる措置を講ずること
  (一) 農村振興及自力更生の趣旨を一層強化徹底すること
  (二) 春窮期に於ける窮民の救済の為、社還米制度の普及、土木事業、其の他有効なる方途を行ふこと
  (三) 北鮮開拓、鉄道敷設計画等の実施を成るべく促進すること

二.朝鮮人を、満洲及北鮮に移住せしむる措置を講ずること。

  (一) 農業移民の保護助成に付適当なる施設を講じ、殊に人口稠密なる南鮮地方の農民を満洲及北鮮に移住せしむること。満洲移民に付ては、満洲国との関係及内地人移民との関係を考慮し、関係諸機関と連絡の上実施すること
  (二) 満洲、殊に其の東部地方及北鮮に於ける各種土木事業に従事する労働者に付ては、能ふ限り南鮮に於ける農民中より之を供給すること。之が為労働者を移動する場合には、朝鮮総督府に於て之が統制及助成に付適当なる方途を講ずること

三.朝鮮人の内地渡航を一層減少すること。
  (一) 朝鮮内に於ける内地渡航熱を抑制すること
  (二) 朝鮮内に於ける地元諭止を一層強化すること
  (三) 密航の取締を一層厳重にすること
  (四) 内地の雇傭者に諭止し、其の朝鮮より新に労働者を雇入れんとするを差控へ、内地在住朝鮮人又は内地人を雇傭せしむる様勧告すること


四.内地に於ける朝鮮人の指導向上及其の内地融和を図ること。
  (一) 朝鮮人保護団体の統一強化を図ると共に、其の指導、奨励、監督の方法を講ずること
  (二) 朝鮮人密集地帯の保安、衛生、其の他生活状態の改善向上を図ること
  (三) 朝鮮人を指導教化して、内地に同化せしむること


なお、この資料は、アジア歴史資料センター レファレンスコード:A03023591400 で詳細を見ることができます。では当時どれくらいの朝鮮人が居たかというと同資料に載っていますが「昭和8年(1933年)で約45万人」、そして毎年増加している状態で、北海道にも「8045人」ということが載っています。

画像
クリックで拡大します


画像
クリックで拡大します


 そして北海道へきて成功した一人が「北海道炭鉱強制徴用者証言集」で紹介したヤンさんのお父さんです。
画像




ヤン・ジュヒョン(76)  北海道の産炭地「釧路」で生まれた。

 父親は数百人の炭鉱夫をまとめる会社経営者。乗馬に興じる余裕があった程、裕福な暮らしをしていた。14歳の時、家族と離れて一人で釜山に引き揚げる。
 釜山には不良者がたくさんいた。一人では街に出てはいけないと言われていた。街に出てみると、男たちが大声を出し、女を抱いているのを見た。海の方に連絡船の往来を見ると日本に帰りたいと思った。



 もう一つ、資料の中には「鮮人入国出国者超過数調」があるのですが、1924年(大正13年)の大阪市社会部調査課による『労働調査報告 第28号』にも同様なことが書いてあるのでそちらを紹介します。
画像
クリックで拡大します


 農業従事者が多いので農繁期意外に出稼ぎ感覚で来るとか、旧正月は朝鮮へ帰って終わったらまた来るとか結構自由にやってる・・・・・という状態ですね。


 おそらく当時は、知人・親類・縁者を頼って日本へ来たり、朝鮮で働いていた日本の会社などから誘われて日本へ来た人が多いのでしょうけれど、こういう人たちは「タコ部屋」とか「逃げ出すほど過酷な労働」というのは経験していなかったのでしょうか、もちろん現代と同じように様々な理由で会社へ行くのが嫌で辞めた人もいたでしょうけれど・・。朝鮮へ帰った人たちが「日本は地獄のようなところだった」という話をすると日本へ来る人はいなかったんじゃないかと思いますが、先人たちから生活は支障が無く(当時の朝鮮と比べてという意味ですが)、収入も多いという話を聞くと自分も一旗揚げようと日本へ来たと言う人が多かったのではないでしょうか。

 そこには既に先輩とかがいる訳ですから普通なら日本語が分からなくとも仕事のこととか生活の事とか教えてもらえたのではないでしょうか。ただ何もなく「日本へ来ることが目的」の人は大変だったかも知れません。

 次回、その「朝鮮人移住対策ノ件」に書かれている「従来より内地に在住せる朝鮮人の失業をも益々甚しからしめつつあり。又、之に伴い朝鮮人関係の各種犯罪、借家紛議、其の他各般の問題を惹起し、内鮮人間に事端を繁からしめ、内鮮融和を阻害するのみならず治安上にも憂慮すべき事態を生じつつあり」ということについて書きたいと思います。


【参考】

北海道炭鉱強制徴用者証言集

北海道炭鉱強制徴用者証言集(2)







ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 4

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック