鬱陵島から独島が見える・・・

今日2月22日は「竹島の日」です。


交流サイトでも竹島関連の投稿が多くなっていますが、その中の一つで赤ID同士の議論



鬱陵島から独島が見えるから韓国領と言う説の間違い

ryoma08(beatmed) / 作成時間 : 2011-02-22 07:35

 昔は鬱陵島の近辺に二つの大きな島があると信じられていたことがあり、一つが鬱陵島(武陵島)、もう一つが于山島Usandoと考えられていました。二つの島に関しては次の様に記載されています:


「一云 于山 武陵 本二島 相距不遠 風日清明則可望見」(高麗史:巻58)

「于山武陵二島在県正東海中 二島相去不遠 風日清明則可望見」(世宗実録:地理志)


いずれも「于山Usanと武陵の二つの島はそう遠くなく、風があって天気が良ければ見ることが出来る」という意味です。


 韓国の学者は鬱陵島と独島がお互いにそう遠くなく、晴れた日に鬱陵島から独島が見えると解釈しましたが、これはおかしな解釈です。鬱陵島から独島までは92kmも離れており、当時の船で丸一昼夜かかる距離ですので、「お互いに遠くない」という距離ではないからです。現実には「二つの島はお互いに接近しており、晴れた日に(半島から)二つの島が見える」と書いたと解釈する方が合っているでしょう。(半島から二つの島が見えるという矛盾についてはこの後解説します。)

 次にご紹介する文献を読んでいただければ、私の意味するところが理解できると思います。ここでも同じように風が吹いて天気が良ければ見えると書いてあるのですが、最後のところが少し違っています。

「一云武陵 一云羽陵 二島在県正東海中 三峯及業掌空 南峯梢卑 風日清明則峯頭樹木 及山根沙渚 歴々可見 風便則二日可到 一説干山 欝陵 本一島 地方百里」(新増東国輿地勝覧)

訳:「時に武陵、或いは羽陵とも呼ばれ、二島は県の真東の海中に在る。三つの峰が及業(きゅうぎょう)として空を支え、南の峰はやや低い。 天候が清明であれば山頂の樹木及び山麓の海岸を歴々見ることができる。風が良ければ二日で到達できる。一説に于山と鬱陵は本来一つの島で周囲は百里(約40km)四方ある。」

 一説には于山Usanと鬱陵が同じ島だと書き添えてあります。当時、風が良ければ二日で到達できたのは鬱陵島です。独島に到達するにはさらに一昼夜かかります。つまり、ここで風が吹いて天気が良ければ見えるのは半島(蔚珍縣)から見える島のことであって、鬱陵島から見える東の島(独島)のことではないということが分かります。





ryoma08 (beatmed) 2011-02-22 07:38
下のkoryoemperorのスレに「 清明な天気だけだけではなく霧立ち込める日、 雨降る日にも竹刀はいつでも見える。 清明な天気に鬱陵島で見える島と言えば独島外にはない。」と言う意見が書いてあるが、この意見が如何に荒唐無稽か、お分かりだろうか。

gree (gree) 2011-02-22 08:09
于山武陵二島在県正東海中 二島相去不遠>鬱陵島の高地から独島(竹島)は見えるのだから、二島は互いに遠くないんだろう

gree (gree) 2011-02-22 08:15
投稿の末尾の段落から「、鬱陵島から見える東の島(独島)のことではないということが分かり」>>>解りません。一説は一説。江原道から鬱陵島まで130km、鬱陵島から独島(竹島)まで87km。風が良ければ二日で鬱陵島から独島(竹島)に到達できますね

ryoma08 (beatmed) 2011-02-22 10:33
gree (gree) 2011-02-22 08:15 >「時に武陵、或いは羽陵とも呼ばれる二島」まで「風が良ければ二日で到達できる」とあります。武陵、羽陵まで2日で到達できるので、この二島は今の鬱陵島辺りにある事が分かります。独島なら2日+1昼夜で最低3日はかかります。

ryoma08 (beatmed) 2011-02-22 10:38
しかも筆者は「一説に于山と鬱陵は本来一つの島で周囲は百里(約40km)四方ある」とも説明しているのです。つまり、二島(あるいは一島)が「半島から見える」という事を言っているのであって、一つの島からもう一つの島を見る(「鬱陵島から独島を見る」)とは言っていないのです。

ryoma08 (beatmed) 2011-02-22 10:41
元々江戸時代の鬱陵島をめぐる領有権紛争の時に朝鮮が持ちだしてきた切り札とも言える文献がこれでした。つまり、その当時は『半島から鬱陵島が見える』ということを朝鮮側が主張していたのです。それが戦後李承晩が不法占拠した後には同じ文献の解釈を変えて主張しているのですから勝手なものです。

takeshimada (takeshimada) 2011-02-22 13:18
晴れていても、肉眼で、見えるのは、年2-3回程度。ほとんど、望遠鏡を使わないと見えない。しかも、空島政策当時、山頂までの道は、舗装されてない。検分の使者は、けもの道を山頂まで登って確認したとでも言うんだろうか?

takeshimada (takeshimada) 2011-02-22 13:18
お互いにすぐ見えると書いてあるが、竹島から、肉眼で、そんなにはっきり鬱陵島が見えるかどうかの確認もしてないね。

takeshimada (takeshimada) 2011-02-22 13:20
釜山と対馬は49kmの距離で、竹島と鬱陵島の半分の距離だが、晴れていたら、うっすら見える事があるという表現で表現されてきた。 なのに、その倍の距離の、竹島と鬱陵島が隣同志かのごとく表現されるだろうか?

boussolejukdo (boussolejukdo) 2011-02-22 14:23
晴れていたときに欝陵島に渡航し、聖人峰に三回、石圃の展望台に三回、内守田の展望台に一回行きましたが、竹島は見ることができませんでした。 

ryoma08 (beatmed) 2011-02-22 15:02
boussolejukdo (boussolejukdo) さんはやはり、想像しているあの人かも・・・と思ってしまいます。ところで、半島側から鬱陵島を眺めた事はおありでしょうか?

boussolejukdo (boussolejukdo) 2011-02-22 17:08
はい。半島から欝陵島を眺めました。蔚珍望洋亭、平海越松亭から挑戦しましたが、欝陵島や海上の天気が清明でなかった為、私は見えませんでした。三陟召公臺で欝陵島らしきものを見ました。おそらくは方角から言って欝陵島の影であったと思います。(旧)蔚珍望洋亭の宿のおばあさんと、三陟召公臺のおじいさんは、そこから欝陵島は、天気がclearなときにはかすかに欝陵島の形が山のように見えることが有る、と述べておりました。(英語通訳) 平海からだと見えないが、西の後背地の高い山からは見えるかも、との話でした。

boussolejukdo (boussolejukdo) 2011-02-22 17:10
なお、東海市の泉谷洞 531.4m)草錄から欝陵島を撮影した写真はNet上に一枚あります。


boussolejukdo (boussolejukdo) 2011-02-22 17:23
三陟博物館には、(旧)望洋亭から欝陵島を眺めた絵画がありました。 



gree (gree) 2011-02-22 21:15
ryoma08 (beatmed) 2011-02-22 10:33>朝鮮半島の本土から見たという説明になっていませんよ

boussolejukdo (boussolejukdo) 2011-02-22 21:23
ryoma08 (beatmed) 2011-02-22 10:33  風便二日到達は、朝鮮の地図にも書かれているとおり、朝鮮東岸から欝陵島の距離感覚をあらわしています。 1750年頃の 海東地圖 江原道  奎章閣 古4709-61 などがいい例ですね。 大まかに言うと二日説と六日説に大分されます。

gree (gree) 2011-02-22 21:23
あんたは、「NETで見た」という域から一つも出ていない

boussolejukdo (boussolejukdo) 2011-02-22 21:24
? 私は現地に行ってきたのですが。江原道は二度ほど。 欝陵島は一度ですがおそらく今年また調査に行く予定です。

ryoma08 (beatmed) 2011-02-22 22:51
gree (gree) 2011-02-22 21:15 「朝鮮半島の本土から見たという説明になっていませんよ」>まだ理解できませんか?一つの島なのか二つの島なのかはっきりしない島(またはその集合体)が晴れた日に見えると書いてあるのですよ?二つの島の間の見える、見えないの話ではない、と言う事です。まだ分かりませんか?著者がどこでこの文書を書いたのかを想像すれば、分かると思いますが、想像力が足りませんね。

ryoma08 (beatmed) 2011-02-22 22:52
gree (gree) 2011-02-22 21:23 >boussolejukdo (boussolejukdo)さんはおそらく私の知っている人で、そうだとしたら、このテーマについては日本有数の研究家です。あなたが勝てる相手ではありません。



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専門家っぽい会話になっていますね。・・・勉強になります ^^;

『竹島研究室さんの「本邦初公開(1)!「江原道古地図」:朝鮮半島から竹島は見えない!』に、1959年刊行『江原道誌』上巻の冒頭に収録されている「江原道古地図」という地図が示されています。

これは2008/07/05の記事ですから最近の投稿で、その地図には、次のような記載があります

「鬱陵于山両島 天気清明蔚三両地登高皆見」


 これは、すなわち、「鬱陵于山両島は天気清明である時、蔚珍・三陟の両地から高く登ると皆見ることができる」という意味になる。したがって韓国側の主張、「鬱陵于山両島は互いに天気清明な時に見える」という解釈は、この絵図によって明確に否定される。
 つまり、鬱陵于山両島は朝鮮半島の東側に位置する蔚珍・三陟の両地から天気がよい時に見えるのであって、そのような島は現在の竹島ではなく、現在の鬱陵島しかないのである。


画像
(注:画像が大きいので記載部分が判るようにトリミングしています)



ところで、竹島に関して、こういう記事がありました

 枝野幸男官房長官は22日午前の記者会見で、同日が島根県の「竹島の日」に当たることに関し、「(竹島問題の)平和的解決を図る上で有効な方策を検討し、必要な施策を実施している。粘り強い外交努力を行う方針だ」と述べた。韓国が竹島を実効支配している現状について「不法占拠と言わないのか」との質問に対し、「わが国の立場は従来、明確に申し上げている。繰り返すことは国益に沿ったものではない」と言及を避けた。(時事コム)

去年の防衛白書には、竹島を「わが国固有の領土」と記述しているのに・・・・なぜ繰り返して言うことが国益に沿ったものではないのだろう。官房長官は19日北方領土視察に根室を訪れたのですが、その前日の記者会見で「北方領土は旧島民だけの問題ではない。国民全体の課題だという意識を高めたい」と話しています。

『北方領土・尖閣・竹島』 どこも同じだと思いますが・・・・


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この記事へのコメント

素直に考える
2011年03月28日 09:54
新増東国輿地勝覧には、山頂の樹木及び山麓の海岸をハッキリ(歴々可見)と見えるとあります。朝鮮半島と鬱稜島間、鬱稜島と竹島(独島)間とも島影は極めて無理してなんとか確認が出来ても山頂の樹木及び山麓の砂浜が見える筈がない。だいいち竹島の写真を見ても樹木らしい樹木は生えていないし、浜らしい浜もない。韓国は于山島が独島だと主張し、島影が見える見えると(どうも望遠で)証明しますが、樹木と浜の事は無視して証明しません(私は見た事が無いのです)。もし樹木と浜が在ったとしても見える筈がないのです(約90kmの距離ですよ)。肉眼でハッキリ見える事を証明して欲しい。又、「一説干山 欝陵 本一島」と記述されている事と、多数の古地図(近代の地図も含む)に描かれている干山島の形と地形と位置と一島で描かれている事、竹島が主に東島と西島の二島であること等々を考えると、鬱稜島の東沖約2キロに在る人が住める竹嶼島しかないのです。竹嶼島は長い所で南北約700m、東西約400mの細長く台地状の島で、樹木や畑が在り、かなりの人や家畜が住める島なのです。グーグルアースで見て下さい(らせん状の階段で上陸と在ります)。ヘリポートもみえます。竹島(独島)は水も無く平地も無い人の住める島ではない。ましてや韓国が言う太宗実録の15世帯男女86人も住める島ではない。生活物資を船で運んだと言うなら納得出来る説明をして欲しい。信用し難い。干山島の物産の大きな竹、水牛皮、生のからむし、綿花の種、槐木など採れる島ではない。太宗実録にある「傍有小島」を干山島でなく、竹嶼島でもない独島と主張するなら納得出来る説明をするべきだ。昔の事だから王が命じて作成した公文書でも曖昧なんだと言わないで欲しい。朝鮮半島の公文書は全て曖昧になり、信用するに足らない文書に成り下がってしまうのだから。
見通し線について、
2011年11月28日 15:58
※水平線の、見通し線を聞いた事があるでしょうか?
地球は丸く、海抜0メートルで170㎝の人の見通し距離は4,654m(4.65k)しか有りません。
高い建物、または標高から見渡せば、見通し距離は伸びます。
500mの高さで、79.827k
600mの高さで、87.446k
700mの高さで、94.453kになります。
※鬱陵島は朝鮮半島から約130km沖合いに位置し、
竹嶼と観音島という島が付属します。
鬱陵島は、一番高い所で984mです。
鬱陵島から東南東へ約90kmには、竹島があります。
竹島は、一番高い所は、168mです。
※さて、鬱陵島から約90kの竹島を見るには、標高600m以上の高さから快晴の時にしか物理的に見えない事になります。
(竹島の168mは、付加的に補完されますが、)
竹島の一番高い所からは、46.272kが見通せます。
鬱陵島で竹島方向への600m以上の高地、日常的展望地点って果たして、どれぐらい地形的に有るのでしょう?
まず日常生活的に984mは登らないし、快晴状態じゃないと、竹島は見通せません。
(渡海制限の李氏朝鮮当時に山頂まで整備されていたとは思えません。)

Xは距離です。
hは展望高さです。
X(m)=3570x√h(m)
(見通し線、水平線Wikiより)
Nao
2012年10月21日 08:29
詳細検証、ありがとうございます。
自国から見えるからと言ってその国の領土とは言えませんよね。国境線付近では他国が見えますが、他国は他国です。

彼等が「于山島・于島・竹嶼」を「独島」と言っている限りは、絶対に、「日本領土竹島」とは別の島ですよね。

ネット情報で「独島大韓民国領土主張」を見ると、昔の朝鮮半島の歴史文献を紹介する文に「独島」と在るので、「独島と古い文献に書いて在るのだろうか」と思ってみると必ず、「于山・于山島・竹嶼島」等なんですよね。

彼等自身が、「独島」の命名起源が不明の様です。
なぜ、大韓人が「古来の名称」を使わないで「独島」と呼ぶのか謎です。

大韓で作った「独島の歌」には、「孤独な島」と在るとか。鬱陵島から日本領土竹島が、日本領土竹島から鬱陵島が見えるのでしたら、余り孤独ではないのではと思われます。

彼等は紛らわしくしてレトリックで誤魔化すのが大好きで、
「竹嶼島・于山島・于島等」等と書かれていた島を、
「竹島」と改名したとの噂です。

日本領土竹島は、かつては竹島原住民ニホンアシカの主要繁殖地でした。
乱獲と戦乱で減少していたものの、1950年辺りには数百頭の群れが見掛けられていた状況です。
彼等が大韓民国領土独島としている所に、竹島原住民ニホンアシカが生息していると、日本領土みたいです。
噂では、それで米軍空爆訓練利用を許容したり、大韓民国人常駐時にアシカ狩りで食べてしまった、と言われて居ます。
1970年代の目撃例を最後に、ニホンアシカは姿が見られていないとの事。奇跡的に生きているといいのですが…。

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