【世界陸上】 大邱といえば・・・国債報償運動

今回世界陸上が行われている韓国大邱市の観光(韓国観光公社公式サイト)に大邱おすすめツアーというのがあって、その中に「1907年、国の借金を国民が返済して国権を回復しようとした国債報償運動を全国的に拡散するのに主導的な役割を果たした徐相敦の古宅」というのがあります。
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また市内には「国債報償運動記念公園」というのもあります。

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この「「国債報償運動」というのはどういうものでしょう。大邱郷土歴史館の『大邱歴史』にその内容が書かれていました。

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『禁煙による国債保償運動』

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1905年第二次日韓協約(乙巳条約)により統監府が置かれると,1906年9月、その傘下機関である大邱理事庁が置かれるなど、大韓帝国末期の日本の国権侵奪が加速化した。そのため、大邱地域では人材を養成して日本からの自主性を守ろうとする教育・啓蒙運動や武装闘争を通して直接日本を追い出そうとする義兵戦争など、活発な国権回復運動が展開された。1906年には大邱光文会と大邱広学会が結成され、大邱光文会によって大邱民意所が設立された。

特に1907年、徐相敦・金光済などが、大邱民意所を基盤として、全国初の国債保償運動を発意した。この国債保償運動は、当時、大韓帝国政府が日本から借りた1300万ウォンの借款を、禁煙運動を行って国民が自ら返還し、倒れつつある国権を回復しようとする主旨から始まったが、すぐに全国的に広がった。高宗皇帝から一般国民に至るまで多くの人々が参加して進められたが、日本によって分離され、弾圧を受けた。

    
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『禁煙による国債保償運動』は,1907年2月21日、当時の大韓毎日新報に、大邱廣文社の幹部だった金光済、徐相敦が「国債補償趣旨」という文を掲載しました。そして全国的な運動になっていきます。そして、『日本によって分離され、弾圧を受けた』ので、結局は失敗に終わった・・・ということなのでしょうか

これに関してはアジア歴史資料センターに資料があります。

明治40年06月22日「統監府政況報告並雑報」(レファレンスコード:B03041513600)

この資料を書いたのは、あの伊藤博文です。
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大邱に各国の書籍を販売してる廣文社という団体があり、本年3月中に社長の金光済のほか19名が発起人となって、民議所という結社を組織し日本に対する国債1300万円を返還する目的で、同盟喫煙廃止を主唱し、各道に趣意書を配布した。

韓国の現在の財政では、到底これを返済することが難しいので、韓国の郷土が、借款のために日本の物になってしまうことは確実である。故に、日本の借款を返済することは、韓国の急務であり、また忠愛なる国民の義務である。その方法だが、同胞2千万人の喫煙を廃止して、1ヶ月の消費金額を20銭とすれば、3ヶ月で優に1300万円を返済することが出来る。もしこれに満たないときは、有志の各分に応じて義金を寄附して、速やかに借款を返済し、国土の維持を図る。


ということですね。大邱の会社の社長が、日本への借款1300万円を禁煙した金で返そう、足りない分は義金によって賄おうというものです。韓国の情報では借款は『1300万ウォン』となっていますが、実際には『1300万円』ですね。

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国債報償運動が盛り上がって様々な団体ができてきます。中には排日運動や私利を貪るものもあるようです。しかし義金を寄附する人が増え、や禁煙運動が盛り上がったために日本人の韓国人向け煙草産業が打撃を受けていることが書かれています。

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一時は喫煙を廃止して金を寄附する者が少なくなかったが、これは一時期の流行に過ぎず、表面ではこれに賛成しておきながら、裏面では喫煙をする者が続出した。また韓国官民の状態として、発起者役員などによって募金を費消する者が少なくなかった。現実に、本年4月末日までの集金高は、韓国各道で合わせて164,200円余りになったが、この金員は誰かがこれを費消して現存しないと言う。このような状況になって、運動はようやく破綻し、運動に賛成する者も減少して、運動は今は衰滅に傾きつつある。

結局禁煙運動は長続きせず、また集めたお金も使い込まれていて残っていない・・ということですね。

韓国では

日本の朝鮮に対する借款提供も、その侵略政策が本格化するにつれ積極的に行なわれた。清日戦争後、朝鮮に対する内政干渉を始めた日本は、租税徴収権と海関税収入を担保に借款を強引に実現させ、露日戦争後には貨幣改革の名目で借款を強要した。(中略)

日帝は統監府設置後、植民地施設を整備するために施設改善などの名目で韓国政府に巨額の借款を受け入れさせた。1907年までに受け人れさせた借款総額は、大韓帝国の一年分の予算とほぼ同じ1300万円に達した。

と教えています。(1997年国定韓国高等学校歴史教科書)

まるで、悪徳金貸しが、返済できない位の高額な金を貸付けて、そこの娘さんを担保に奪っていく・・・という感じの書き方です。ところが当時の日本の経済状況は借款運動を妨害するほど余裕のある状態ではありませんし、「施設改善名目」ということですが、この後朝鮮半島では、特に産業を興すのにかかせない流通インフラの整備とか行われていきますので無駄なお金ではありません。

日本は、1904年から1906年にかけ合計6次の外債発行により、借り換え調達を含め総額1万3000ポンド(約13億円弱)の外貨公債を発行した。この内最初の4回、8200万ポンドの起債が実質的な戦費調達資金であり、あとの2回は好条件への切り替え発行であった。なお日露戦争開戦前年の1903年(明治36年)の一般会計歳入は2.6億円であり、いかに巨額の資金調達であったかが解る。国の一般・特別会計によると日露戦争の戦費総額は18億2629万円とされる

それにしても「禁煙は続かなかった」とか「使い込みをしていた」とどうして書かないのでしょう。自分の都合の悪いことを他国のせいにしないでほしいものです。(wiki 日露戦争)


・・・と、ここまで書いていてうれしいニュースが入ってきました。世界陸上女子100mで福島選手が予選4組で2位に入り準決勝進出が決まりました。また男子20キロ競歩で鈴木雄介(富士通)が1時間21分39秒で8位入賞し、ロンドン五輪内定です。ヤッタネ (^^)v
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広州アジア大会の福島選手


一方、地元開催で「10種目10人の決勝進出者」を目標としていた韓国チームですが、初日女子マラソン団体入賞を有望競技としていましたが、最高でも28位と残念な結果だったようです。
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韓国チームのユニフォームは「アシックス」、ゼッケンには「トヨタ」、マラソン先導車がプリウス・・・日本のせいにしないでね






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この記事へのコメント

鹿二郎
2020年01月28日 05:21
おはようございます。

この時期、日本は日露戦争の戦費18億円余りのなか14億円余りをポンド建て外債でまかない、国民にも公債の購買を呼び掛け、塩などの専売化、相続税が出来たのもこの時期ですから、韓国に大借金を負わせる余裕はありませんね。 外債の金利も7%台で、むしろ日本が金くれ。と言いたい時期。もっとも、地理的に本来なら、ロシア帝国と戦うべきは清国や大韓帝国であるべきだったはず。

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