韓国でお披露目された第五代国璽



これが韓国の第5代国璽

第5代国璽が4日、ソウル世宗路政府中央庁舎で公開された。

新しい国璽は金2.6キロに銀・銅・亜鉛などが混ざった合金。今回の国璽は強度を高めて亀裂を防ぐためイリジウムも含まれている。

大きさは横・縦・高さそれぞれ10.4センチ、重さは3.38キロ。現在使用中の第3代国璽(第4代は廃棄)に比べて横・縦は各0.3センチ、高さは0.4センチ長く、重さは1.23キロ増えた。

また国璽の内部を空洞にし、印鈕(つまみ部分)と印文を分離せず一度に鋳造した。印文には鳳凰1対とムクゲ(小さい写真の左)が彫られ、文字「大韓民国」(小さい写真の右)は訓民正音解例本の書体に従った。制作費用は2億1500万ウォン(約1500万円)。

行政安全部は今月中に国璽規定を改め、勲章・褒章証や外交文書などに新しい国璽を使用する。
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中央日報/中央日報日本語版2011/10/05


国璽(こくじ)、国の印鑑です。韓国の国璽は、戦後大韓民国が誕生して五代目だそうです。それまでの国璽にはいろいろありました。

第1代国璽:1949年~ 現在、行方不明。 約14年使用
第2代国璽:1963年~ 印鈕が「亀」(中国の諸侯国の象徴)であることが議論になる。約36年使用
第3代国璽:1999年~ 「先端技術で制作」としたが、内部にヒビが発見される。約 9年使用
第4代国璽:2008年~ 「伝統技術で製作」としたが、素人が現代技術で制作したことが発覚。約3年使用


特に1962年まで使われた初代国璽が行方不明だそうで、2005年の東亜日報に「大韓民国国璽1号はいったいどこに」と言う記事があり、その後懸賞金をかけて探したりしていました。そして懸賞金までかけて探すのは「現在では国璽1号の形さえわからないため」だそうです。

ではそれ以前の国璽はどうなのでしょう・・・。

『koreana』という韓国国際交流財団が発行する雑誌の次のような記述があります。



『国璽に魂と哲学を込めた匠人たち』


■大韓民国の新しい国璽

国璽はその国を代表する印章であるだけに、他の工芸作品のように美的価値のみに注力するわけにはいかない。大韓民国の権威とそのアイデンティティーを象徴するだけの美しさを具現すると同時に、そこには哲学も込められていなければならない。国家を象徴する精神と伝統、哲学が溶け込みようやく国の印章としての権威と品格を備えることができる。

「手の部分は印文の縦、横の規格と同じく高さ99ミリです。太平盛世を意味する吉鳥の鳳凰が雲の上に舞い降り、今まさに座ろうとする瞬間を表現しました。特に力強い二本の足を強調して躍動感を出すようにしました。」
鳳凰の尾羽はもともと二枚で、一つは下から上に伸びており、もう一つは下に向かいすぼまっている。その羽はさらに小さな尾羽を抱いているが 、二つの羽の間の小さな尾羽は国民、すなわち鳳凰という太平盛世を象徴する鳥が大韓民国の国民をその胸に抱きかかえている姿を具現化したものだ。
「国で作り使う品物には素朴で古拙な味よりは文化の力量を思う存分発揮した華麗で力動感あふれるものが似合います。力強く偉大に見えるように、国璽としての品格を備えるようにするのに苦労しました。印文の大韓民国の字は直線の動きの中に微細な屈曲があり、躍動感が感じられるようにしました。特に上の部分に比べて下の部分に太く荘重な味わいが感じられます」

ミン・ホンギュの説明のように国璽は装飾と形成、印文、そのすべてが国璽の持つ精神的な価値を表現していなければならない。美しいだけでなく、そこからさらに一歩踏み込んだ哲学と精神がなければならないということだ。

これがミン・ホンギュが大韓民国の四代目の国璽を作る際に固執した大原則だった。

■国璽の意味

王朝時代には国璽を主に玉璽と呼んでいた。玉璽は王と国家の最高の象徴だ。

大韓民国で国璽という名称を使用したのは高麗時代(918~1392)の恭愍王(在位1351~1374)の時からだ。朝鮮時代(1392~1910)に王家の象徴のように伝えられてきた玉璽は、それを持つ者に国王としての正当性が認められたため、一国の最高統治者としての権限を行使する特権の象徴であった。玉璽は一国の王権を象徴する王の印章だ。王だけが使用できる玉璽なので、玉璽は自然と王権を象徴する宝物となった。反乱や戦乱の際には玉璽を所持しているかどうかが王権維持の最も重要なポイントであった。玉璽は王朝の権威とアイデンティティーを保証する最も確実で強力な証拠だったわけだ。

朝鮮時代、玉璽は王権の象徴であるとともに行政機関の書類決済方式でもあった。王が開く各種国家行事や宴会でも玉璽は必ず登場した。王を象徴する玉璽が押された文書はまさに王の権威と命令をあらわした。また玉璽は対外的に朝鮮という国家を代表するシンボルでもあった。玉璽がもっとも頻繁に使用されたのは外交使節がやってきた時で、外交文書に王の信標として使用された。王位継承時には伝国の印として伝授された。また王がどこかに出かける時にはその威厳を示すために行列の一番前を飾った。

■大韓民国の国璽の歴史

国璽は時代と用途に従いいろいろな種類があったが、主に中国との外交文書で使用される国印と国内用の御宝に大別された。

1894年、甲午更張(1894年7月から1896年2月まで開化派内閣により推進された近代的な制度改革)以前までの国印は大部分中国の歴代王朝の皇帝が朝鮮に送ってきたもので、その他の御宝は国内で製作されて使用されていた。1894年の甲午更張後からは中国との事大関係を終息させたため、朝鮮独自の国璽を製作し始めた。1897年大韓帝国(1897.10~1910.8.22)が樹立されると本格的な国璽製作が始まる。

『国璽に魂と哲学を込めた匠人たち』 koreana 2008


宗主国である中国から認められて王印をもらっていたんですね。それを国印として使っていたということです。このことは『高麗・朝鮮時代は中国から下賜…大韓帝国以後、自らの製作』 国民日報クッキーニュース2010/08/31にも書かれています。

しかし朝鮮王朝時代とそれに続く大韓帝国時代を通じて唯一現存しているのは2008年に在米韓国人から買い入れた「皇帝御璽」のみで、およそ500年続いた朝鮮王朝には合わせて27人の王がいて、それぞれ国璽という実務用の印鑑を持って、公文書や親書などに使っていましたが、不思議なことに本物の国璽はこれまで一つも見つかっていません。

ところで、『koreana』に書かれている第四代国璽作成のミン・ホンギュと言う人ですが、伝統技法で作らなければならないところ「伝統技法は知らない」と言っちゃったり、国璽に使う金をくすめて印鑑を作り役人に配ったり、作った印に自分の名前を入れてみたり散々な人で結局第四代国璽は「廃棄」となってしまいました・・。

(嘘・横領で汚された'国璽の恥辱' 聯合ニュース 韓国語 2010/09/02)
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第四代国璽のお披露目の時の写真ですが、台座と取っ手には隙間があるし、披露目なのに綺麗に押されてないわ・・・。


日本の場合、詔書,法律・政令・条約の公布文,条約の批准書,大使・公使の信任状・同解任状,全権委任状,領事委任状,外国領事認可状,認証官の官記・同免官の辞令,四位以上の位記等に押印され,「天皇御璽」と刻されている「御璽」と、勲記(叙勲者に勲章とともに与える証書)に押印され,「大日本国璽」と刻されている「国璽」があります。(宮内庁HP)

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これらは1874年に作られ現在も使われています。



新・旧憲法、詔書、法律、条約、勅令、政令等の天皇の御名・御璽のある公布原本を「御署名原本」と言い、特に重要であるため、国立公文書館の貴重書庫に厳重に保管されています。


長くなりましたが、昭和天皇がご署名される様子や侍従職が御璽を押印する様子が映っている貴重な動画がニコニコ動画にありました。1984年放送された映像の動画です。

今回は、この動画を紹介するために記事にしたようなもので、必見です。



下のリンクはどれも同じ動画です。ニコニコ動画に登録しないと見れないかもしれませんのでいろいろ載せました。

http://www.nicotwitter.com/watch/sm2890500
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2890500


押印されるときは何故かしら見入ってしまいます。コメントが多いので右下「コメント表示しない」にしてみてください。



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