日帝時代の「米収奪」について考える その8

前回、小暮復命書では朝鮮半島と内地では全く逆の状況が書かれているということを紹介しました。

朝鮮半島では、都会での配給はほぼ完全に行われているけれども農民は食べるものがない。
日本国内では、配給が十分に行われないが、田舎に買い出しに行けば買うことができる。


この時期の東京近郊の食糧事情に関して興味深い資料があります。

『通信検閲より見たる最近の食糧事情と国民思想の動向』 昭和19年1月19日内務省警保局外事課という昭和18年(1943年)10月以降に東京近辺から中国、満州に送られた郵便物を検閲した中に食糧事情に関して不満やそのことでの政治不信などが書いている資料で

主要食料品特に飯米不足を訴へるもので、これに関連して厭戦的記述をなすもの、或は政治不信を強調するもの等も見受けられる。特に闇取引価格は漸次著しい昂騰の傾向を示して居り、相当注意を要する状況である。此慮に列挙した事例は、東京近郊より支那満州等に宛てた所謂外国郵便中、昭和十八年十月以降のもので、通信量より見れば、ほんの一部分から抽出したに過ぎない。さうして之等は、何れも臨時郵便取引に基き、送達停止或は還付等取締措置を加えたものである。

と説明があり、検閲された手紙が紹介されています。その一部を・・



今は何もかも配給制度になって充分に渡らない。少しでも人より多く食べようと思えば闇で買って食べるより外ない。今一番困るのは米です。二食分しかない。代用食と言っても何もない。田舎からは二貫目までしか持ち出せず、結局闇で買う外なく、食い物屋も休みばかり、そして腹にこたえる物は何も売っていない。実に人間がガツガツしている(東京 女)

毎日腹がへって、腹の虫がグウグウ言って、気持ちが悪くて眠れません。早く戦争が終わってくれなくては国民は飢餓のために皆病気になって精神的にも駄目になってしまいますツクヅク人間が嫌になって仕舞います(東京 男)

現在の中産階級の生活では、如何なる家庭においても配給食料品で最低限度に足るものは一軒もありません。故に背に腹はかえられず、無理算段をして闇にて食料品を手に入れる。日曜には一家総動員して近県の百姓家へ買い出しに出かける。こんな調子が三四年も続けばもうお仕舞です(東京男)

それにしても、米は闇で一升六円は安い方で所によっては七、八円するとのこと。これではなんとしても普通ではやっていけないのが当然のことだ(葛飾 男)

どこまでも百姓の世の中で、百姓は金持ちとなります。月給取りはいくらとったからと言ってこれで生活できるということはありません。(千葉 女)



当時の闇取引価格表も載っていました。米に関しては18年4月から12月にかけて価格が倍になっています。


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現に軍部あたりが多数の御用商人をブローカーにして物資の募集に努めている有様だ。闇をやるなら軍部へ行け・・・・何とも面白い言葉じゃないか。工場でもブローカーを巧く使えば相当の成績を挙げている(世田谷 男)

四人家族で野菜の配給が五日間に葱一本などという馬鹿げた配給だから不平もでる。これを戦争だからと一口にかたづけてしまう馬鹿げた役人や気狂連中がいるが戦争だからこそ配給を確立して不平の根を刈らねばならぬと思う。
結局買い出しに行くより外ない。東京も三月以来買出しが禁止状態で、少しの野菜を持ってきても人殺しかなんかのような取調べと態度を取られる。
東京にいて買い出しに行かぬような奴は、必ず闇をして朝鮮人あたりから法外の値で買っている話だ。この朝鮮人問題は、今のところ軽視されているようだが、その経済的動きは油断がならない。どんな方法をしても物資を集め、砂糖一貫目百二十円などと言う相場で売っている。
闇を国民相場と言い。これが鰻のぼりだ。(渋谷 男)



注:資料巻末に「備考 本件資料は四、五月中の外国郵便中より比較的特異なものを抽出したるに過ぎず」と書いています。

なお国立公文書館 アジア歴史資料センターの「写真週報にみる昭和の世相-食生活」には当時の様子がよくわかる資料が掲載されていますので参考にされると良いと思います。

「写真週報にみる昭和の世相-食生活」
http://www.jacar.go.jp/shuhou/topics/topics03_02.html


日帝が朝鮮半島のことも考えず米を収奪しようとしたのなら、完全に近い配給制の朝鮮都市部よりも内地の人に対して配慮したはずで、朝鮮都市部の配給分を少なくして日本へ持って来るとか、闇に流れて米の価格が高くなっている位ですから価格を安くするためにも朝鮮半島からの米をもっと日本に入れてもいいことだと思います。また米を持っている内地農民からももっと供出させるとかもあってもいいかもしれません。

李栄薫教授が「戦時下の供出を除き」と書いた「米の収奪」ですが、ここまで見てきて本当に米の収奪があったかどうかと言うのはわかりません。

統計の数字をどう解釈するとかある文の一部からの推定とか恣意的解釈があるのかもしれません。「日帝vs朝鮮地主」とか「朝鮮農民vs地主」又は「農村部vs都市部」のようなことの説明もなく、当時の日本と朝鮮半島の状況も考慮せず、単に「日帝vs朝鮮農民」という構図だけでは「収奪した」とは言えないと思いますがどうでしょうか。



さて最後に、次の絵を見たことがありますか?
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檀園風俗画帖 「打作」


これは韓国国立中央博物館蔵の「檀園風俗図帖」(宝物 527号)で「打作」という18世紀後半(1780年頃)の脱穀をしている絵で作者は「金弘道」です。韓国ドラマを見る人ならば「風の絵師」のモデルと言えば分るでしょうか。この一枚の絵からいろいろなことが見えてきます。農民の横で酒を飲みながら見ている両班という図です。例えば、穀物を束ねて木に打ち付け籾を落としているのでしょうか、落ちた籾を箒で集めているのがわかります。

さてもう一枚の絵です。江戸時代(元禄)の「乾燥・もみすり」ですが、唐棹(殻竿とも)という農機具を使って脱穀する「打穀」と言う方法です。年貢の監視でしょうか、升で測りながら俵に入れる様子を侍が監視しているようで、俵に入れたコメは指示に従って蔵に入れられています。


元禄時代ですから「檀園風俗図帖」が書かれた約100年も前です。これらを見比べると日本がいかに進んでいたかがよくわかります。もう一枚、これは以前紹介しましたが扱箸(こきばし)という大型の箸状の器具で穂を挟んで籾をしごき取っている様子がわかります。「打穀」に対して「梳き」と言う方法です。


この後、束のまま一気に脱穀できる「千歯扱き」の発明によって、脱穀の能率は飛躍的に向上しました。しかし、非効率な扱箸による脱穀は村落社会においては未亡人の貴重な収入源となっていたため、千歯扱きはこの労働の機会を奪うものとなり、後家倒し(ごけたおし)の異名もあるとのことです。(wiki)


追加 

以前、小暮復命書の

徴用は別として其の他如何なる方式に依るも出動は全く拉致同様な状態である。其れは若し事前に於て之を知らせば皆逃亡するからである、そこで夜襲、誘出、其の他各種の方策を講じて人質的略奪拉致の事例が多くなるのである。
何故に事前に知らせれば彼等は逃亡するか、要するにそこには彼等を精神的に惹付ける何物もなかったことから生ずるものと思はれる、内鮮を通じて労務管理の拙悪極まることは往々にして彼等の身心を破壊することのみならず残留家族の生活困難乃至破壊が屡々あったからである


『朝鮮内における労務規則の状況並びに学校報国隊活動状況如何』に書かれているということを紹介しました。しかし「朝鮮人労務者の内地送出の実情にあっての人質的掠奪的拉致等が朝鮮民情に及ぼす悪影響も去ることながら」と言うことが『内地移住労務者送出家庭の実情』という項に書いています。

ただし、これはこの後に送出家庭の収入停止、つまり農村での働き手の中心の成人男性が徴用等で居なくなった後の働き手が居なくなって収入がなくなるのですが、「朝鮮農村の女性の九割が無教養で」「家事と育児で精一杯」の状態なので農家は収入がなくなるのでどうしようということが書いています。そこで農繁期の数か月間、都会の女性を農村に住込ませ保健婦として又は託児所の保母として働かせろということを書いています。
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小暮復命には色々なことが書いていますが、農村部を中心として女性を強制的に慰安婦にしているということは書かれていないことも知っておいた方が良いかもしれません。

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