慰安婦問題とか河野談話とか

韓国の李明博大統領が竹島に上陸した背景には旧日本軍の従軍慰安婦問題に対する日本政府の対応への不満があったということに関して、27日午前に行われた参院予算委員会で野田総理が、「本来、結び付く話ではない。領土の問題は領土の問題だ」と指摘、「そんなことを理由に上陸したのなら、なおさらおかしな話だ」と不快感を示し、さらに慰安婦問題について、「(日韓請求権協定が締結された)1965年に法的には決着がついている」と強調。この問題で「心からのおわびと反省」を表明した93年の河野洋平官房長官談話に関し「強制連行した事実を文書では確認できないし、日本側の証言はなかったが、いわゆる従軍慰安婦への聞き取りを含めて談話ができた」と説明した上で、「歴代政権が踏襲しており、わが政権としても基本的には踏襲する」と述べたそうです。

松原仁国家公安委員長が河野談話について「政府が発見した資料には軍や官憲による強制連行を直接示す記述は見当たらなかったことも踏まえ、閣僚間で議論すべきだと提案することを考えたい」と述べ、見直しの提起を検討する考えを示したそうです。

これにより国内では河野談話見直し論が出てきています。

8月29日付読売社説 『河野談話 「負の遺産」の見直しは当然だ』
河野談話は、慰安婦の募集について「軍の要請を受けた業者が主として当たった」とした上で、「本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあった」と記した。しかし、軍や官憲が慰安婦を強制的に連行したことを示す資料は発見できなかった。元慰安婦の証言のみが根拠とされ、これを裏付ける調査も行われていない。
 当時、韓国の元慰安婦らが名乗り出て日本政府に謝罪などを求めていた。談話の背景には、外交的配慮もあったのだろう。結果として、旧日本軍が女性を組織的に強制連行して「性奴隷」にしたといった誤解が、世界に定着した。米下院や欧州議会などは慰安婦問題で日本政府の謝罪を求める対日批判決議を採択した。

 だが、その後も、旧日本軍による慰安婦の強制連行を証明する資料は見つかっていない。米下院で慰安婦問題が取り上げられていた2007年3月、安倍内閣は「資料には軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」とする政府答弁書を閣議決定した。河野談話を継承しつつ、その根拠となる資料は存在しないという立場を明確にしたものだ。


では一方の韓国では慰安婦問題に関してどう報道しているでしょう。韓国報道について韓国最大の朝鮮日報で見てみましょう。朝鮮日報でも慰安婦問題に関して社説やコラム等で取り上げています。



【社説】野田首相は国連で「慰安婦いなかった」と訴えてみよ

日本の野田首相は最近、第2次大戦の際に日本が強制的に動員した「性奴隷(日本軍慰安婦)」問題について「強制的に連行されたという事実は文書で確認されなかった」と発言した。松原仁・国家公安委員長は1993年の「河野談話」の見直しについて議論すべき、と述べた。河野談話は「日本軍の要請により慰安所が設置され、慰安所の設置、管理および慰安婦の移送に日本軍が直接・間接的に関与した」と認めている。

また「河野談話」も、日本が自分たちの罪を自ら反省して出たものではなかった。

1940年代に慰安婦強制連行から逃れるため、山奥に逃げた経験のある尹貞玉元梨花女子大学教授をはじめとする韓国の研究者らが、韓国だけでなく日本軍の犯行現場である東南アジア各国を直接回って犯罪の証拠を集め、世界の世論を動かして日本を追及し、それによって勝ち取ったのが河野談話だ。少数ではあるが、良心的な日本人研究者もこの運動を支援し、ついに日本政府はシラを切ることができなくなったのだ。

 しかし河野談話が発表された後も、日本の歴代政権は性奴隷問題について謝罪や賠償は行わず、さまざまな理由を持ち出して責任を回避してきた。

 2000年には世界の女性研究者や社会活動家、市民団体などが東京に集まり、日本による性奴隷強制連行を審判する「女性国際戦犯法廷」を開催した。

この法廷には1993年のユーゴ戦犯裁判で裁判長を務めたガブリエル・マクドナルド氏など、国際法の専門家も参加した。裁判部は審理を終えた直後「日本は自分たちが批准した人身売買禁止条約や国際労働機関条約に違反し、昭和天皇も慰安所の設置や運営などについて知っていた」とした上で、彼らに有罪を宣告した。

 1992年には日本の中央大学の吉見義明教授が『軍慰安所従業婦等募集に関する件』(1938年、陸軍省作成)を公表した。これには日本軍が慰安婦を募集する際、誘拐と同じような方法を取っていたとの内容が記載されている。

さらにこれを裏付ける日本人の証言も相次いでいる。1942年から3年間、山口県労務報国会動員部長を務めた吉田清次は「朝鮮人女性を慰安婦として動員した」「1943年5月17日、下関を出発して済州島に到着し、女性狩りを行った」と証言している。吉田は「慰安婦に関する件は全て軍事機密に分類されていた」とも述べた。

野田首相は日本による犯罪を証言、記録、追及、審判してきた世界の動きに対抗する自信があるのであれば、今年の国連総会に出席し「第2次大戦当時、日本軍には性奴隷などいなかった」と演説してほしい。
(一部略)
朝鮮日報日本語版 2012/08/30


いやぁ全くの驚きです。

1990年に『挺身隊(怨念の足跡)取材記』というルポをハンギョレ新聞に連載し、女子挺身隊と従軍慰安婦を混同させた尹貞玉元梨花女子大学教授(韓国挺身隊問題対策協議会初代会長)。自ら「民衆法定」と呼ぶ国家や国際機関によって設置されたものではない女性国際戦犯法廷。そして吉田清次証言を社説で取り上げています。

さらに朝鮮日報の記事を続けます。


慰安婦:「河野談話」発表の背景とは

1993年8月の河野談話発表を前後し、日本軍慰安婦の強制動員に日本政府と軍が関与していたという証言は、日本国内からも出ていた。

 1943年から45年8月の敗戦まで、日本労務報告会(国民総動員令を執行)動員部長だった吉田清治氏は、91年に日本の新聞紙上で「朝鮮女性を日本軍慰安所に強制的に連行した」とする事実を暴露した。98年には関東軍117師団長だった鈴木啓久中将が「連隊長だった1941年、副官に慰安所の設置を命令し、中国人と朝鮮人女性20人を誘拐して慰安婦として強制的に従事させた」と証言した事実も公表された。

 2007年にはかつて日本軍として中国山東省に出征していたカネコ・ヤスキなる人物が、日本のテレビ局とのインタビューで「私と仲間は部隊周辺の村を回り女性を拉致した」と証言し、日本軍慰安婦強制動員の事実について証言した。
朝鮮日報日本語版 2012/08/28


日本人証言として吉田清治証言の他に、関東軍117師団長の鈴木啓久中将証言、カネコヤスキ(注:金子安次元元陸軍伍長)証言が出てきました。さらに朝鮮日報の記事です。



慰安婦:河野洋平氏「私の立場に変わりはない」

 河野元長官は、2007年に当時の安倍晋三首相が「旧日本軍の強制連行はなかった」と主張すると、インタビューで「慰安婦の強制連行がなかったという議論をするのは知的に誠実ではない」と批判した。また、慰安婦の徴集命令を裏付ける証拠資料がないとする右翼の批判には「処分されたと推定できる」と指摘したほか「私は信念を持って談話を発表した」「元慰安婦16人からの聞き取り調査で、明らかに厳しい目に遭った人でなければ証言できないような状況説明が次々と出された」などと語った。
朝鮮日報日本語版 2012/08/30


朝鮮日報は、吉見義明中央大学教授の慰安婦研究とそれを裏付ける数々の日本人証言、挺対協などが探した「犯罪の証拠」・・・日本軍による犯罪行為に関する文言を掲げて、社説の最後に『日本による犯罪を証言、記録、追及、審判してきた世界の動きに対抗する自信があるのであれば、今年の国連総会に出席し「第2次大戦当時、日本軍には性奴隷などいなかった」と演説してほしい』と書いています。

しかし、韓国近代史大家である安秉直ソウル大学名誉教授は2006年12月6日韓国のMBCテレビで

強制動員されたという一部の慰安婦経験者の証言はあるが、韓国にも日本にも客観的資料は一つもない。韓国には私娼窟があり、慰安婦が多数いる。そのような現象がなぜ起きるのかを研究すべきだ。強制によってそうした現象が起こるわけではない。慰安婦営業者の中で半分が韓国人だと言って 『(当時) 朝鮮人が何の権力で強制に動員したのか。

と明確に、強制連行はなかったと主張しています。

そして日本軍の強制動員した可能性について3年間挺対協とともに調査を行いましたが、「3年活動してからやめた理由は、この人々(挺対協)は慰安婦の本質を把握して今日の惨めな慰安婦現象を防止するためではなくて日本とけんかするためにやっていることがわかったからだ。そんな形の反日運動が今日私たちに何の意味があるのかという疑問があって挺対協との活動をやめた」と言っています。

この安秉直ソウル大学名誉教授に関する内容はディリーサプライズ(韓国語)2006/12/6で見ることができます。


「98年の関東軍117師団長だった鈴木啓久中将の証言」についても調べてみます。

画像1998年4月、中国の軍事法廷で有罪となった45人全員の「自筆供述書」というものを報道写真家の新井利男氏が中国から入手し、それを朝日新聞社 と共同通信社 に持ち込んだことが発端で、1998年4月5日、北から南までの全国地方紙45紙に記事が掲載され、一面トップ扱いは17紙だったそうです。

「軍命令で慰安婦誘拐」中国の日本人戦犯供述書・旧軍中将ら認める(東奥日報)

「慰安婦に140人誘拐」中国の戦犯裁判・高級将校らの供述書判明・旧軍が設置を命令・毒ガス使用も生々しく。(新潟日報)

「慰安婦連行 軍が命令」中国の日本人戦犯裁判・旧軍中将認める(信濃毎日新聞)

「中国、朝鮮人民婦女を誘拐して慰安婦とした」中国の日本人戦犯裁判供述書旧軍中将が認める・侵略の全体像も鮮明に(沖縄タイムス)



その自筆供述書の内容です。


鈴木啓久(1954年8月8日)撫順

 私ハ巣県二於テ慰安所ヲ設置スルコトヲ副官堀尾少佐ニ命令シテ之レヲ設置セシメ中国人民及朝鮮人民婦女二〇名ヲ誘拐シテ慰安婦トナサシメマシタ

五、第二十七歩兵団長ノ時ノ罪行

 魯家峪二於テノ洞窟攻撃ニ際シ毒瓦斯ヲ使用シテ八路軍ノ幹部以下百名ヲ惨殺シ又戦火内二引キ入レラレルコトヲ恐レ魯家峪部落附近ノ山地二避難セル中国人民ノ農民二三五名ヲ中ニモ妊婦ノ腹ヲ割リ等ノ野蛮ナル方法ヲ用ヒテ惨殺シ魯家峪部落約八〇〇戸ヲ焼キ尽シ尚俘虜ハ玉田ニ送り其ノ中約五名ヲ殺害シタノデアリマシテ尚且ツ婦女ノ強姦百名ニモ達シタノデアリマス

日本侵略軍ノ蟠居スル所ニハ私ハ各所(豊潤、砂河鎮其他二、三)ニ慰安所ヲ設置スルコトヲ命令シ中国人民婦女ヲ誘拐シテ慰安婦トナシタノデアリマス其ノ婦女ノ数ハ約六〇名アリマス

 日本侵略軍ノ蟠居地ニハ私ハ所謂慰安所ノ設置ヲ命ジ中国並ニ朝鮮人民ノ婦女ヲ誘拐シテ所謂慰婦トナシタノデアリマシテ其ノ婦女ノ数ハ約六〇名アリマス

婦女誘拐ノ罪行

 一九四五年七月私ハ新郷地区ヨリ東北ニ移動ヲ命ゼラレタル際所謂慰安所設備ノ為日本人婦女五名ヲ新郷ヨリ東北洮(トウ)南ニ連行シテ来マシタ

中国帰還者連絡会HP  『戦犯自筆供述書「皇軍の性犯罪」』



しかしこの報道も裏付け調査等もなく報道されたにすぎません。何故こういう報道になったのでしょう。関係者の聞き取りや中国の軍事裁判に関して本人へのインタビュー記事があります。


鈴木歩兵団長の副官経験者2人を含む約20人、後者は副官1人を含む数人に聞いたところ、全面否定でした。27歩兵団の傘下にあった支那駐屯歩兵1連隊の内海 通勝・戦友会会長は、「軍が慰安婦狩りなどやるわけないよ 」 と穏やかな調子で話します。

次級副官として鈴木歩兵団長に仕えた炭江 秀朗 は、「昭和17(1942)年4月から副官であったので、冀東作戦(きとうさくせん)はすべて作戦命令に目を通してきた。歩兵団長の意向を受けて作戦命令を起案、裁可を得る。副官の側印がなければ作戦命令は出せない。だから、慰安婦狩りが事実なら知らないわけがない」と明確に否定しました。
 また、鈴木が師団長時代の副官・森 友衛 も「聞いたことがない」といい、「 師団長の人柄からしてあり得ない」と話します。師団長は「古武士風」「謹厳実直」、酒、タバコに縁がなく、習字や読書で過ごすことが多かったといいます。

「中国ではどんな裁判だったのか」

軍事裁判で一審だけですからな。弁護人だって”上官の命令を受けてやったんだから、仕方ないじゃないですか”と言うだけだから、あまり弁護にもなりませんよ。

そして、ありもしないことを住民はな何だかんだといいますからね。”鈴木部隊が、ここにこういう風に入ってきた”と住民が言うので、”そんな所に私の兵隊を配置したことはありませんよ”といったって、”住民の言うことに間違いはない”と言うんだから。まあ、他隊の者がやったこともあるでしょうし、広い場所だから、やっぱり止むを得ないんですよ。

罪を犯した本人が居らなければ、そこにおった司令官が罪にされるのは当然だと思って、”ああ、そうですか”って。中国でも人民裁判で殺された人間は、どれだけあるか判りませんよ。一説に4千万人といわれていますね。

脱 ・ 洗脳史講座 『鈴木師団長の「供述」と「述懐」』


私もこのブログでも紹介しているように自分なりにいろいろ調べています。そしてやっぱり現在の自分なりの結論としては

日本は「慰安婦は居なかった」とは一言も言っていません。日本軍や官憲による拉致や誘拐などの犯罪行為により慰安婦にされた人は居ないと言っているだけです。

ということです。


2005年1月ドイツで「Frauen als Beute -Wehrmacht und Prostitution 戦利品としての女性・ドイツ国防軍と売春」と言う第二次大戦中のドイツ国防軍における従軍慰安婦を取り扱ったドキュメンタリーが放送されました。



このことをブログ「Meine Sache ~マイネ・ザッヘ~」さんが紹介しています。それによると

ドイツ軍が軍の管理による慰安婦制度を始めたのは、パリ占領後の1940年で、フランスの売春宿を利用した兵士の間に性病が蔓延したからだといいます。性病にかかると治療に半年ほどかかるので、戦争継続中のドイツ軍にとって、戦力低下を招く深刻な問題です。そこでまずフランス人の売春婦を軍の厳格な監視下に置き、官製の慰安所を設立しました。

そして1941年6月に対ソ戦が始まると、急速に拡大する戦線に慰安婦を送るためドイツ軍は本格的に慰安婦狩りを開始します。ポーランドやウクライナの女学校の生徒を騙して連れていったり、強制収容所でも、美人の女性を選んで慰安婦に仕立てました。

当時のドイツには人種法があり、ユダヤ人やポーランド人などの「劣等人種」とアーリア人の性交は禁じられていたのですが、慰安婦は「モノ」だということで、その範疇外におかれたということです・・・。

この番組で最も興味深いのは、その作り方です。何しろ元慰安婦と名乗る生き証人はほとんど登場しません。何故かというと、ドイツ軍の敗退後に、慰安婦たちは裏切り者扱いされてリンチ、告発されて殺されたからで、それを逃れた人たちは、ひっそりと過去に口をつぐんで生きてきたからだといいます。

ではどうして慰安婦の存在を証明できるのかというと、書類です。この番組には本当にたくさんの報告書や指令文書が出てきて、そこに慰安所の運営状況や「慰安婦はモノなので人種法に抵触しない」などの指示がはっきりと書いてあるのです。


証言者のみで記録が全く無い日本の慰安婦問題と全く逆に記録でのみ証明するドイツと言う構図です。


安秉直ソウル大学名誉教授の調査は無視し慰安婦問題を単に「反日カード」の一つとして都合の良い情報しか見ない韓国は「慰安婦挺身隊は、日本軍に自ら身をささげた」と書き込むと検挙され「日本留学中に右翼に洗脳された」と、とても民主国家と思えないところまで行っています。

一方、日本では、吉田証言など「日本軍がやった証拠だ」と盛んに取り上げ「謝罪しろ」と言っていた朝日新聞をはじめとするマスコミや、そんなことは忘れてしまったかのように「人権問題」にすり替えている人たちは朝鮮日報の一連の記事を見てどう思うのでしょう。

8月31日付朝日社説 『河野談話―枝でなく、幹を見よう』
歴史問題を持ち出してナショナリズムをあおるような大統領の言動には首をかしげる。だが、日本の政治家の対応にも問題がある。

 見過ごせないのは、松原仁・国家公安委員長や安倍晋三元首相ら一部の政治家から、1993年の河野官房長官談話の見直しを求める声が出ていることである。河野談話は、様々な資料や証言をもとに、慰安所の設置や慰安婦の管理などで幅広く軍の関与を認め、日本政府として「おわびと反省」を表明した。多くの女性が心身の自由を侵害され、名誉と尊厳を踏みにじられたことは否定しようのない事実なのである。

 松原氏らは、強制連行を示す資料が確認されないことを見直しの理由に挙げる。枝を見て幹を見ない態度と言うほかない。

さすが朝日新聞と言うしかない・・・。

でもまず枝を見て切り落とすことからやり直しましょうよ。幹が見えないくらい変な枝が一杯覆いかぶさっているのですから。






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この記事へのコメント

くそ
2012年09月05日 00:26
従軍慰安婦など朝鮮人の捏造以外の何ものでもない
和三盆
2012年09月18日 06:22
まずは東南アジアで韓国軍がやってのけた非道に対して謝罪と賠償をやってからですね。
『韓国軍』でググると『ライタイハン』が出てくるほどですから。
http://www.youtube.com/watch?v=MtNVF5Qus_E

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