テーマ:米の収奪

日帝時代の「米収奪」について考える その8

前回、小暮復命書では朝鮮半島と内地では全く逆の状況が書かれているということを紹介しました。 朝鮮半島では、都会での配給はほぼ完全に行われているけれども農民は食べるものがない。 日本国内では、配給が十分に行われないが、田舎に買い出しに行けば買うことができる。 この時期の東京近郊の食糧事情に関して興味深い資料があります。 …
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日帝時代の「米収奪」について考える その7

昭和十七米穀年度食糧対策成る 一、本府統制米穀各道割当につき各道はその四分三程度を道内の大、中生産者に割当、法規に基づき之を保管せしめ票箋を附することとしこれ等の買付は後廻しとして小農の生産米穀を時期を失せぬよう買付機関を動員して行わしめること  一、浮動米穀と雖も売却希望のものには必要に応じて統制米に準じて買付…
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日帝時代の「米収奪」について考える その6

鮮米の顕著なる移出減 (上・下) 朝鮮米の内地移出は依然として減少傾向を回復しない。即ち本米年度十一月以降五月中旬までの移出高は四百八十六万六千石で前年同期の七百六十八万一千石に比し二百八十一万八千石即ち三割五分以上の激減を示している。 移出減少の原因  移出米のこの激減は単に一時的乃至思惑的事情によるものに過ぎな…
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日帝時代の「米収奪」について考える その5

昭和5年の大豊作により米価大暴落を招いてしまった政府はそれまでの米穀法の強化を目的として、米価の大幅な変動を抑制するため、政府による米価基準の設定、輸出入制限などを定めた法律『米穀統制法』と言うのを制定し、①政府は最低・最高価格を公定。公定価格による無制限な買入れ、売渡しを行う②常に輸出入の統制を行うようになります。さらにその効果の万全…
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日帝時代の「米収奪」について考える その4

ブログ『極東亜細亜研究所』より「内地ニ於ケル内地米、朝鮮米及台湾米ノ価格」 昭和5年11月~6年5月の期間が暴落しているのは、内地6687万石、朝鮮1908万石と云う空前の大増収だったためで米価が桁外れの安値になってしまいました。 日本でも農閑期に出稼ぎに行っていた農民がいるように朝鮮半島の農民も出稼ぎをしていま…
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日帝時代の「米収奪」について考える その3

日帝時代の「朝鮮では日本に輸出するため米を奪われ、安い満州粟を食べなくてはならなかった」というのをよく目にします。その理由に「米の生産量が増加したのに一人あたりの消費量が増えていない、むしろ減っている」ということが書かれているのを目にします。 さて元々朝鮮の人たちは何を食べていたのでしょう。1915年の満州日日新聞にそのことが書か…
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日帝時代の「米収奪」について考える その2

前回、日本が1889年大日本帝国憲法を公布、翌年帝国議会が発足し近代国家への道を歩むことから遅れること約20年、1910年の日韓併合により朝鮮半島の近代化が進むと書きました。 しかし実際には、1840年の阿片戦争、その後のアロー号事件を契機とした第二次阿片戦争で衰退していく清国を見て、日本は欧米列強に対して危機感を募らせ、その後の…
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日帝時代の「米収奪」について考える

 最近、政治の話題は復興財源のため消費税UPが必要で法案だけ通したら信を問うとか(そんなに金がないのに韓日スワップなんて簡単に言うなよ・・と思うのですが)とTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)があります。TPPはメリットデメリット双方があるでしょうけれど、デメリットの一つに農業の問題があります。 私もTPPについては全く良く分かっ…
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